たびたびブログで取り上げてきていますが、不登校の解決には、子供の心の状態がカギになります。不登校になっているということは、子供の心の中に何らかの悩みや苦しみがあるのです。その悩みや苦しみを理解し共感することが、解決の第一歩であることを、ブログで書いてきました。
その共感は、子供とのコミュニケーションの根底で必要になります。子供の心を理解することは大事なのですが、それだけでは不十分です。それは、理解することだけでは、子供のコミュニケーションにおいて、子供の心を動かすことはできないからです。共感することで、子供の心を動かすことができるようになるからです。人は、正論ではなく感情で動く生き物であり、感情に働きかける「共感」が、子供の心を動かすために重要なカギとなるのです。
例えば、子供の心を理解して、「今、この子は思春期の真っただ中にあって『自分はダメだ』と思い込んでしまっている」ということが分かったとします。このように理解した上で、子供に「自分はダメだ」という自己否定感を軽くするような言葉をかけるとします。その言葉は、子供の気持ちを「理解した」上での言葉です。
一方、「自分はダメだ」と思っているということを理解し、さらにそれがどれだけ辛いことなのか、そのように思い込んでしまった経緯を考えて、そのように思ってしまうことは仕方ない、というように「共感」して、その上で言葉をかけるとします。
どちらの言葉が子供の心の中に届くかというと、明らかに「共感」したうえでの言葉です。共感したうえでの言葉には、子供の辛い気持ちや苦しい気持ちに寄り添い、その気持ちをどうすれば減らしてあげられるのか、深く考えているという土台があります。「辛かったろうな」「大変だったろうな」という共感があり、そしてそういう気持ちを変えていくことは大変であることを理解してから、発された言葉です。それだけ子供の心に寄り添った、「深い」言葉です。子供の心に深く届きやすいのです。
「共感」は特に、深く傷ついているような人とのコミュニケーションにおいて、大切なことであり、必要なことです。そういう人に対して共感することは、相手の心の傷をある程度、癒すことになります。「自分の気持ちに寄り添ってくれた」ということが伝わりますので、信頼関係もより深くなります。
不登校の子供とのコミュニケーションで、大人の側はつい、「頭で」理解しようとしてしまいます。不登校の子供の大半は思春期であり、悩める時期にいます。そういう時期を通り越し、その時期の悩みや揺れる心を忘れてしまった大人の頭では、「そんな悩みは大したことはない」と思ってしまいます。そう思ってしまって、子供に言葉をかけても、子供の心に届きません。
では、共感するためにはどうすればいいかということですが、子供の気持ちを聞くことがあれば、それについてすぐに解決策を出そうとするのではなく、まずその気持ちについて深く考えてみることです。辛さや苦しみに寄り添うことです。「ああ、辛かったんだろうな」といったん、その気持ちを受け止めるプロセスを意識的に入れていきます。変な表現になりますが、頭ではなく、腹の底、丹田あたりに子供の気持ちを落とし込むような感じです。
ただ、100%共感してしまって、子供と同じように傷つき、落ち込んでしまった、という親御さんがおられるので、そこは注意が必要です。子供と全く同じ気持ちになると、親子ともども悩みや苦しみの淵に落ち込んでしまいます。
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