不登校カウンセリングブログその1385.発達特性による不登校の場合、発達特性の見方・考え方を理解してあげてください。
- 不登校・引きこもりカウンセリング「エンゼルアカデミー」
- 2023年2月13日
- 読了時間: 3分

発達障害のことをより詳しく知ると、発達障害というよりも、発達特性という言葉の方がふさわしいと感じています。これからは発達特性という言葉を使っていきたいと思いますが、発達特性による不登校の子供に対しては、「苦手なこと」を克服してもらって、せめて人並みにするという接し方と、「苦手なこと」を把握して、その中でできることとできないことを考える接し方とがあります。
発達障害という言葉を使うと、それを乗り越えなければならないものとして一般には考えがちですが、結局はモノの見方・考え方やとらえ方が、多数派ではなく少数派であるということだと思うのです。それが発達障害であり、そのために、発達特性という言葉の方が、ふさわしいと思うのです。
例えば、やるべきこととやりたいことについて、多数の人はまず、やるべきことからやって、その余った時間でやりたいことをやっていきます。多数派の考え方はそうです。やるべきことが増えると、やりたいことに費やす時間を減らしていくのが、多数派です。
一方、少数派の発達特性の人の場合、やりたいことからやり、やるべきことはその次になるのです。やるべきことが増えても、やりたいことをまずやって、その余った時間でやるべきことをやるので、やるべきことがやれなくなっていきます。生きるのに必要な睡眠時間さえ、減らしていくので、生活が乱れてしまうことがあるのが、発達特性の人です。そういうこだわりが、発達特性の人にはあります。
多数派と少数派が入り混じると、どうしても多数派の方が一般的になります。この場合、少数派がダメだというわけではないのですが、多数派からするとなかなか理解できず、排除したり否定したりすることがあるのです。そうなれば、少数派の発達特性の人は、自分に対してダメだとレッテルをはられたことになるので、ストレスを蓄積し、生きにくさを感じるようになるのです。それが不登校という形で出てくることがあるのです。
しかし、少数派の見方・考え方やとらえ方が、悪ということではありません。民族に例えると分かりやすいでしょうか。一つの地域に、異なる民族が混在していて、仮に多数のA民族、少数のB民族とします。文化が異なる民族ですが、A民族が多数だからということで、B民族の文化を否定することはできないはずです。発達特性も、それと似ています。発達特性の見方・考え方は、多数の人からは変わって見えますが、それは否定されるべきものではありません。そこを理解しないと、発達特性による不登校の解決は難しいです。
Comentários