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不登校カウンセリングブログその1424.「楽しいことだけの人生が最高」というわけではなく、試練や困難にも何らかの意味があるのでしょう。


 不登校の状況にある子供の中には、「どうしてこんなことになるのか。他の子供たちはみな、楽しく過ごしているのに、自分はどうしてこんなに苦しい状況に置かれるのか」と疑問を抱いている子供もいるでしょう。人生の早い段階で、しかも感性が高くて悩みや苦しみを大きく感じてしまう段階で、苦しい状況に置かれている子供は、本当に辛い状態にあると思います。


 ただ、楽しいことだけが起こる人生はありえないようです。すべての人の人生を知っているわけではないので、「ありえないようです」としか表現できませんが、楽しそうに見える人であっても、昔は辛いことがあったり、あるいは今、人知れず苦しいことがあったりしているようです。また、「楽しいことだけの人生が最高」と考えると、人生で起きるさまざまなことに耐えられなくなります。そのように耐えられなくて、楽しいことだけを追い求めると、人生の終盤で「自分の人生、何だったのだろうか」というむなしさにとらわれてしまいます。楽しいことの中にある時、楽しいことをしている時は、幸福感を感じます。そういうことが人生の中で起きてくれないと、人生に絶望してしまいますが、そういうことしか起きない人生もまた、むなしいものになります。それは、自分を鍛えたり高めたりした経験が少なくなってしまうからです。


 苦難や困難が起こるには、二つの場合があります。一つが、自分から今の環境を捨てて、新しい環境に飛び込もうとしている場合です。この場合は、新しい環境でやっていけるほどの自分になっておらず、おそらく足りないものがあるはずです。それを補うために努力し、時には挫折も味わうことになるので、楽しいことばかりではなく、苦難や困難が起こる状況でしょう。もう一つが、自分は特に何かをしたわけではないのに、苦難や困難が起こるということです。いじめにあった、親が離婚した、等の状況です。


 前者の場合は、自分を鍛えたり高めたりする必要があります。そうでないと、新しい環境へと変わっていけません。後者の場合は、いじめなどの犯罪的なものであれば、その状況から逃げるべきです。そうではなくて、そういう状況を乗り越えようとする時、やはり自分を鍛えること、高めることになります。


 楽しいことはもちろんありますが、時にはそうではないこと、苦難や困難が時に起こり、そういう時には自分を高め、鍛えることになるというふうに考えておくと、苦難や困難が、ただただ避けるべき、忌むべき状況ではなく、そこに意味を見出せるのかもしれません。そして、自分は不幸だと必要以上に落ち込まなくて済むかもしれません。






 


 

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