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不登校カウンセリングブログその1501.ギスギスした社会の雰囲気と不登校。


 ちょっと、ギスギスした世の中なのかもしれません。


 ほとんどの方がご存知だと思います。名古屋城の天守閣を復元するための討論会で、その会に参加した車いすの方が、復元計画でエレベーターがないのは障害者を排除しているとしか思えない、と発言したところ、他の参加者から「平等と我がままを一緒にするな。エレベーターも電気もない時代につくられた物を再構築する話だ。その時にバリアフリーの話が出てくるのは荒唐無稽。どこまでずうずうしいのか。お前が我慢しろ」と言われました。


 すると、また別の参加者から、「生まれながらにして不平等があって平等。(差別用語)で生まれるかもしれないけど、健常者で生まれるかもしれない。それは平等。どの税金で毎月メンテナンスするの。そのお金はもったいないと思う」と話し、一部の参加者から拍手が上がりました。後で、車いすの方は、「公衆の面前で言われて、本当に死にたかった」と話しておられました。


 エレベーターをつけるべきかどうか、というところに踏み込むつもりはありません。エレベーターはつけない方がいいのでは、という考え方があってもいいでしょう。ただ、その考えを主張する時には、他人に配慮して、極力傷つけないようにすべきでしょう。エレベーター設置に反対した方が、感情的にならず、「完全復元ということであれば、障害があるかたには大変申し訳ないのですが、私はエレベーター設置はするべきではないと思う」というふうに主張すれば、車いすの方が受ける心の傷はかなり軽減されたはずです。この件は動画で見ましたが、明らかに車いすの方を傷つけようという悪意を感じました。


 こういうギスギスした社会の雰囲気は、社会の一部である学校にも浸透しているのでしょう。同級生や先生の個性にもよりますが、ギスギスした雰囲気が強い学校でしたら、それを感受性の高い子供は感じ取って、学校に行くことを拒否してしまって、不登校になるのでしょう。不登校の子供の中には、「学校が怖い」と話す子供がいますが、どれだけギスギスした雰囲気になっているのかがうかがえます。








 


 


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