何かを成し遂げたいと願っている場合や、厳しい状況を変えたいと思っている場合、非常に大切なことがあります。それは、スタート地点でまず、それらを成し遂げると、あるいは変えると「信じること」です。
実現することが簡単なことなら、「信じること」など不要です。たとえば、「晩御飯は、カレーを作って食べよう」などという願いは、すぐに実現されます。そのような願いに、信じるということは不要です。
しかし、成し遂げたいこと、変えたいことが、困難であればあるほど、時間がかかればかかるほど、そのスタート地点で、実現できると「信じること」が必要になります。それは、その実現を信じていないと、そうした困難なこと、時間がかかることの実現はできないからです。
その実現を信じているからこそ、実現しようとそこにエネルギーを注ぐことができます。そして、その実現のために、できることをやろうとします。
不登校という状況も、まさにそうした「信じること」が必要な状況です。不登校の状況を終わらせることは、困難であり、時間もかかります。「この状況を変えて終わらせよう」と信じることが必要です。
次に、不登校の状況を変えて、終わらせるのに必要なことが、「信じ切ること」です、「信じ切る」とは、その実現を信じて、わずかなりともその実現を疑わないことです。
なぜ、「信じ切ること」が必要なのでしょうか。それは、スタート地点で実現を信じても、その過程でさまざまな困難にぶつかると、どうしても「本当に実現できるのだろうか」と、気持ちがぐらついてしまうからです。実現までには、長い時間と努力の継続が必要です。努力しても結果が全くでなかったり、途中で疲れてしまったりして、実現するという気持ちがどうしてもぐらつきます。
そういう時こそ、何としても実現するんだと「信じ切ること」が必要です。不登校の状況が終わるまで、何度も気持ちがぐらつくと思いますが、その都度、信じ切って、気持ちを立て直すことが、不登校の状況を終わらせるのに大切なことだと思います。
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