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不登校カウンセリングブログその973. 逆境や失敗を経て、幸福になる人と不幸になる人の違い―不登校の子供たちに伝えたい、幸・不幸をわける考え方―

更新日:2022年12月6日



 この悪循環を断つために子供たちに、逆境や失敗を経て、幸福になる人と不幸になる人には違いがあることを伝えてあげてください。逆境や失敗に直面したら、普通は不幸になると思われます。不思議なことですが、その状況の中から、幸福になる人がいるのです。


 まず、逆境や失敗を経て、どんどん不幸になっていく人について、述べたいと思います。

 そういう人は、逆境や失敗を嘆くばかりです。もちろん、逆境や失敗に見える状況に直面すると、愚痴の一つも言いたくなるでしょう。わが身の不幸を嘆きたくもなるでしょう。これは、原則として幸福を求める人間としては、仕方のないことだと思います。人間はそんなに、完全無欠で強い存在ではありません。


 ただ、そのような状況の中で、ずっと愚痴や嘆くことばかり言い、その苦しい環境の中でもできることがあるにもかかわらず、何もやろうとしない場合、環境のせいばかりにしてしまう場合、厳しいことを書いてしまいますが、その状況から脱出して不幸から逃れることはできません。逆境や失敗という、いわば落とし穴にはまってしまっているのに、嘆いてばかりでは、その穴から出ることができないのは明らかでしょう。


 逆境や失敗を経て、さらに不幸になっていく人には、失ったものばかりに目が行き、まだ自分が持っているものについては、意識をでない傾向があります。たとえば、多くの方は健康でしょう。健康であれば、体を普通に動かして、勉強することも働くこともできます。

 そう考えてみたら、健康であることは大きな宝、逆境において自分に残された資産であるのに、「自分には何もできない、何も残されていない」と考えてしまったら、そのかけがえのない資産を使って、何かをすることもできません。

 どんどん不幸になる人にはそのような傾向があり、本当は逆境や失敗から脱出できるのに、脱出できなくなってしまうのです。


 一方、逆境や失敗を経ても幸福になれる人は、その逆をやります。つまり、不平や愚痴を言い続けたりせず、どこかで気持ちを切り替えて、その状況から脱出するために、その時の自分にやれることをやっていきます。たとえ一時期、自分の置かれた状況を嘆くことはあっても、やがて気を取り直して、そうしたことを言うことがなくなって、やれることをやっていくようになります。

 不登校の状況においては、やれることはちっぽけなことかもしれません。たとえ、やれることがちっぽけなことであっても、それでいいのです。散歩する、ストレッチをする、本を読む、そうしたことでもいいのです。そういうことをやっていくにつれて、やれることが少しずつ大きくなっていき、やがてはその逆境や失敗から抜け出ることになるのです。


 たとえるなら、雪にうずもれた人が、自分の体と雪の間にある、ほんのわずかな隙間をつかって、ちょっとずつ体を動かして、隙間を広げていき、やがて十分に体を動かせるようになって、雪山から脱出するようなものです。何もせず、うずもれていることをなげくばかりでは、何も変わらないことは明らかでしょう。


 逆境や失敗を経ても、幸福になれる人は、何もできないと思える状況や逆境・失敗に見える状況でも、何か自分にできることをやっていく人であることを、不登校の子供たちに伝えてあげてください。




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