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不登校カウンセリングブログその994. 「自分の人生は意味がない」と嘆いている不登校の子供たちへ。社会で何か得ることも大事ですが、様々な経験を得ることと、その中での心の平静を得ることも、大事なことです

更新日:2022年12月1日

 不登校の状況にある子供たち、特に長い間引きこもっている人の中には、「自分の人生は全く意味がない」と嘆いている人も多いでしょう。他の人は普通に学校に行き、社会に出て働き、社会的な地位や家庭、財産などを得ているのに、自分はずっと引きこもっていて、何も得ていない、ただただ引きこもっていただけで、普通の人が得てきているものを何も得ていない、だから自分の人生は無意味だったと、そのように考えてしまうのです。


 確かに、そのようなものを得ることには充足感があります。世間的にも尊敬されるものでしょう。一般に、「幸福な人生」というと、そのようなものをたくさん得る人生だということになります。


 しかし、私は、心というものの価値を考えるようになって、実はそういうものだけが大事なものではないと考えるようになっています。一般的には、ほとんど顧みられることはありませんが、心が感じる様々な経験と、そのような経験を経て心の平静を得ることも、大事なものであると考えています。不登校・引きこもりの状況にある子供たちの人生は、まさにこうしたものを得られる人生であり、決して無意味ではないと思うのです。


 さまざまな経験を経るという点では、社会に出ていても、引きこもっていても、そんなに大きな違いはありません。社会に出ていたら、確かに引きこもっている状況よりも、多様な経験ができるのかもしれませんが、では格段の差があるかというと、そんなことはありません。


 例えば、社会に出てある会社で働いているとすると、だいたい日常のルーチンワークをこなす毎日であり、今日の経験と明日の経験が、大きく異なるというわけではないのです。朝起きて、会社に行き、同僚と交流しながら、昨日と同じ仕事をこなし、定時になったら帰宅するという毎日で、部署が変わったり、勤務場所が変わったり、あるいは転職したりすれば、それこそ昨日とは異なる経験を経ることになるでしょう。しかし、そのようなことはめったにありません。


 家で引きこもっている場合も、朝(あるいは夜)起きて、いろいろと考えて一日の時間を過ごすという、こういう表現は失礼かもしれませんが、ある意味ルーチンワークをこなしている毎日でしょう。また、引きこもりの状況では、「引きこもり」という経験をしていますので、何も経験していないわけではありません。


 さらに、不登校・引きこもりの状況で、社会に出ている人より一点、有利な点があります。それは、心を見つめる習慣を得やすいということです。今の自分はどのような心の状態なのか、他人に対して悪意を持ったり、悪事をたくらんだりしていないか、あるいは怒りに満ちていないか、そういうことをチェックし、良くない心の状態であったら、心を平静にするということは、極めて重要なことです。いくら外面だけ素晴らしくふるまっても、心の状態がひどければ、その人は実際は、その心の状態のままの人であるのです。他人はある程度、だませるかもしれませんが、自分をだませることはできません。


 社会に出て忙しく働いていたら、なかなか、自分の心を見つめることはできません。自分で気づかないまま、心の状態が悪くなっていき、心の平静を得ることなどできなくなります。不登校や引きこもりの状況にある子供たちは、この点において、社会に出ている人よりも優れた習慣を持っているわけで、何も得ていない人生ではないのです。


 




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